2018年10月2日 一般病棟へ戻る

明け方になり少し寝れたような気がするが、体にまとわりついている線やらチューブが相変わらず邪魔なことは変わりない。
2時間に1回程度、傷と管の様子を見せてください、と言ってお腹と尿管と肛門を観察される。
この頃になると、恥ずかしさなんかまったくない。どうぞ好きなだけ見てくださいという気持ちになっている。
だんだん、10時が近くなり、帰れると思うとそわそわしてきた。
二人の看護師が来て体を拭きますねと言って、両側から拭いてくれた。細かい描写は避けるが、これで今までの苦痛がチャラになるぐらい気持ちよかった。


帰る時間になり、痛み止め専用の点滴や心電図やパットが外され、ちょっと自由になったら、目眩がした。私が目眩をするなんて数年に1度ぐらいなのにと思っていると「全身麻酔が抜けきっていないから」と説明を受けて一安心。
ベッドで寝たまま移動すると言ったので、目眩がしても安心かと思ったが、実際にはかなり目が回った。最小限の移動で帰ってくれたと思っているが、気持ち悪くなってしまった。
自分の部屋に到着して、やっと落ち着けて好きな体勢で寝れると思ったのだが、やはり自分の体に刺さっているパイプが邪魔だ。

帰ってきて暇になったので、呼吸の訓練をしようと思い、手術前までやっていた「コーチ2」を試してみたが、全然膨らまない。ムキになって無理してやったら、呼吸が乱れた。
「自発的な呼吸でしか息が吸えない」と思い込んでしまった。無意識にしていると息ができなくて死んでしまうのではないかと思った。頭では、そんな事あるわけないと思っていても、現象として自分で息を吸い込まないと、呼吸が浅くて死んでしまうのではないかと思った。たまらず、ナースコールをして事情を話すと血中酸素を測ってくれたりと対応してくれて数字的には問題ないといわれた。
少しして別の看護師が別件できてくれて同じことを言ったが同じ対応をされて困った表情をされただけだった。私だって、論理的にはそんなことはないとはわかっているけど、現実問題困っている。
昨日の寝不足もあり、もう死んでもいいやと思って寝てしまった。

その時に、昨日の麻酔に入る場面がフラッシュバックしてきた。
恐怖体験として焼き付いてしまったのか。

起きると、何事もなかったように普通に呼吸できる。
あれは何だったんだ。

少しして歩行訓練をめるとのこと。
ずっと寝っぱなしからだも硬直して、痛みもあるので無理しないで少しづつでもいいと。
看護師に言われたのが「手術で癌を取ることは先生もできるし、身の回りの世話も私達が助けてあげられる。でも、歩くことはあなたしかできないことです。周りの人が頑張ってくれても歩かないと癒着して大変なことになる。そうならないように頑張って歩いて。」と。
ちょっと感動しちゃって、頑張って歩いた。
普通は、手術翌日は2周(200mx2)でいいところを6周歩いた。

歩いている最中に、看護師たちから、先程の呼吸はどうですか?と何人にも声をかけられた。情報を共有して心配してくれていたんだと、ここの看護師たちに改めて感謝した。

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年齢:1976年生まれ(42歳)
職業:自由業  家族:妻・子供2人
経緯:自治体の健康診断で要検査が出たので精密検査をしてみたら直腸癌が見つかった。発見から現在までの記録を淡々と書く。

健康診断→再検査→入院→腹腔鏡手術(肛門温存)→緊急開腹手術(一時的人工肛門(イレオストミー)造設)